「ネット炎上」を読んだ

2007年現在の日本のネット事情について、人文学系のスタンスから醒めた目で解説分析している。
何冊か2007年に出版されたネット論を読んでいるけれれど、その中ではそこそこ良書。
本のタイトルは「炎上」だけれども、実際に論じられているのは2ちゃんねる風にいえば「祭り」という現象についてがメイン。 「祭り」の中に「炎上」という現象がある、という認識のようだ。

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

ウェブ炎上―ネット群集の暴走と可能性 (ちくま新書)

「蓄積」についての言及が、ちょっと弱い

http://www.sbbit.jp/article/6930/
ソフトバンク ビジネス+IT」【荻上チキ氏インタビュー】ネットにおける「炎上」や「デマ」の構造を考える  より


 そういうことを知るためにはインターネット上のコミュニケーション文化というのがどういうふうに成り立っていて、そもそもインターネットとは何だったのかということをある程度把握しておく必要があるわけです。そして、そのような議論というのは実は蓄積がいっぱいあるわけです。バイラル・マーケティング系の議論だけでなく、新しい人文系、社会情報学の議論などもあります。数々の古典的なメディア研究も、まだまだ有効です。


 ただ、それぞれ蓄積があるにも関わらず、それをつなぐ本がなかった。ですから、僕はこの本をいわゆる「まとめサイト」的な本だと思って書きました。そのため、独自の概念は提案したけれど、「作者の意見」はほとんど禁欲しています。この本自体がハブになった上で、読者の方にはそれぞれ、バイラル・マーケティングとか「炎上」対策とか、あるいはこれからの法規制の問題とか、青少年の教育の問題であるとか、さまざまな方向に議論を進めていっていただきたいなと思います。

さて、それではどんな本が参考文献と記されているかというと、ほとんどが21世紀になって出版された本だった。 古典というのは「デマの心理学 (岩波現代叢書)」(1952年)あたり。
まぁ、いわゆる学術書ではないから、入手しやすい最近の本ばかりになるのはしょうがないのかもしれないが、昭和に書かれたネット論やパソコン通信時代、ITバブルの頃に書かれた本などは、紹介されてはいない。


「実は蓄積がいっぱいあるわけです」といいつつ、日本のネット黎明期の事情に言及している本はぼるぼら氏の「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」くらいしかないのじゃないかな。

また、本書の中で取り上げられている事件も、ほとんどが2000年以降のもの。 つまり2ちゃんねるが有って、blogが有るのが前提になった時代のものだ。

  • 「これまで起こってきた現象が、これからも形を変えて起こり続ける。」
  • 「これまで起こってきた現象が、これからは形を変えて起こり続ける。」


という結論には同意する所が多いけれど、「これまで起こってきた現象」の取り上げ方と、いっぱいあるはずの数々の「蓄積」については、ちょっと不満が有るなぁ。

ネットワーク社会の深層構造―「薄口」の人間関係へ (中公新書)
まだパソコン通信がかろうじて現役だった二〇〇〇年に出版された新書。
「投稿雑誌→ラジオ深夜放送→ポケベル・Q2→パソコン通信」という流れがまとめられている。
パソコン通信でのバトルについての考察も興味深いかも。 この時代のバトルというがネット言論の理論は「沈黙のらせん」くらいしかなかった。
関連 http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20070822/1187778127


ちょっと微妙なところはあるが
意識通信―ドリーム・ナヴィゲイターの誕生 (ちくま学芸文庫)
1993年当時の雰囲気を、有る程度感じることが出来るかも。
関連 http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20070905/1188964521


まだまだ埋もれている本が有ると思うのだがなぁ。


ともあれ、2007年のネット事情の「まとめ」としては、そこそそこ良書だと思う。
この時代の記録として、後の世代にも参照される本になるかもしれない。

日本のネットの現状について、blogや2ちゃんねるで身体を張って(変な言い方だが)情報収集したりする度胸は買いたい。


2006年暮れやから去年に、ネットに詳しいはずの評論家が「炎上」についてネットや新書であれこれ書いたりしているが、それに比べると遙かにまともだ。
http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/234/
http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/241/
http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20070829/1188348002

取り上げられなかった事件

経済産業省消費経済部長のブログがPSE法問題で「炎上」し、約3週間で閉鎖に追い込まれたのは2006年2月。
組織と個人、役所の情報発信のあり方など、いろいろ考えなきゃいけない事件だったと思う。
追記:この時の「炎上」は、2ちゃんねる発ではなかったのも興味深いところ。


去年の夏、古い扇風機から出火して老夫婦が焼死する事件があった。 同様な事件は実は過去にも発生しており、メーカーや監督官庁の広報のありかたが問われたわけだが……
もしも、この種の事件が2005年夏に起きていたら、そしてメディアで話題になっていたら、議論の方向性はどうなっていただろうか? などと、ふと考えたりする。


あとネットジャーナリズム関係も、それなりに「炎上」していたと思うのだがなぁ。

三章は「流言飛語の研究」だけど、ちょっとバランスが悪い

イラク人質事件」「ジェンダーフリー」「福島瑞穂の迷言」がメインになっている。
福島瑞穂の迷言」に関する考察や、筆者のネットの行動は確かに面白い。 この検証が始まった初期のころは、いちおう追いかけていたが、現在はここまで進んでいたのだなぁ。
http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070714/p1


しかし「イラク人質事件」に関しては、ちょっと違和感。 それと事実誤認があるのではないか?

ネット上でところ構わず鳴り響いた「自己責任」「自業自得」の声は、間もなく「自作自演」という疑惑を生み出しました。それは要するに、人質事件などは本当は存在せず、「非国民」三人が日本政府に自らの政治的主張を実行させるため、イラク人と結託して芝居を打ったのだという主張です。ボードリヤールの著作「湾岸戦争は起こらなかった」(紀伊國屋書店2001)をもじって言えば、それは「人質事件は起こらなかった」というハイパーリアリティを創り出したと言えるでしょう。
(p118)

時系列や因果関係が違うのではないか。
人質バッシングはネットだけではなく、いわゆる「右派」メディアも率先しておこなっていたのではないのか。
自作自演説も「くちコミレベル」で生まれたのではなく、メディア発の説だったような?



「実行犯の声明が変ではないか?」と、日本人関与説は最初期からネットにあったけれど、「識者」がメディアでそういった疑念を表明してから自作自演説の声が大きくなったのではないか?
「自己責任」「自業自得」の声が大きくなったのは、ネット発というより、マスコ発ではなかったか?  家族が記者会見で「実行犯の要求を呑んで自衛隊を撤退させて」と言ってからではなかったか?


込み入った問題なんで、二つのurlを置いておこう。

かけはし 2004.04.26号
人質バッシング  「国策に逆らう非国民」?  「自己責任」論と「戦時下」で始まったマスコミの異端排除報道
http://www.jrcl.net/web/frame04426b.html

えーっと、日本革命的共産主義者同盟(JRCL)の新聞を紹介するのは極端すぎるだろうか?  マスコミの動向については、資料性が高いと思う。


亀井秀雄の【同時代への発言】
マスメディアの「テロリズム」 ―日本人拘束事件について―
http://homepage2.nifty.com/k-sekirei/dojidai-toc.html#ma2

こっちは、1937年生まれの国文学者で北海道大学の名誉教授が2ちゃんねるを「発見」する手記、というようにも読めます。
2チャンネル論としても読み応え有り。
荻上チキ氏の『「分かりやすさ」へのカスケード』(P129)での分析・モデルなんかぶっ飛ばされそうな迫力かも。
チキ氏が謝辞を捧げている北田暁大なんか、ぼろくそに批判されてるしなぁ。


ともあれ、「イラク人質事件」に関した考察は、あまりにもマスコミを無視しすぎている。


あと三章で気になったのは、「チェーンメール」について、あっさりとしか触れていないこと。
『「不幸の手紙」はネット時代・ケータイ時代になって「チェーンメール」となった』というのは敢えて書く必要のない「常識」ということで、はぶいちゃったのだろうか?
「善意」でチェーンメールが広がることもある、ということくらい、もっと書いてもいいだろうに。
豊川信用金庫事件と佐賀銀行取り付け騒ぎは、一応取り上げられてはいるけれど…これもあっさりとしすぎてる。 二つの事件の共通点と違いの分析が無い。



他の章では、ほぼニュートラルな立場での事件の紹介と分析がなされているのだが、この三章だけは、どうもバランスが悪い。

【追記 2008/1/3】

参考文献にあげられている本のレビューを、一昨年書いてたことを思い出した

インターネットと“世論”形成―間メディア的言説の連鎖と抗争

インターネットと“世論”形成―間メディア的言説の連鎖と抗争

http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/86/
http://londonbridge.blog.shinobi.jp/Entry/88/

内容紹介に有るとおり『足がかりを提供する』本として、これまであったネット事件、ネット論を網羅的にまとめ、紹介することの方に力が入っているとしか思えない。
もう最初から最後まで遠山氏は引用を繰り返してます。 非常に読みにくいし、遠山氏の主張も何処にあるかは、結局はわからない。


まぁ北田暁大鈴木謙介両氏のような力みまくりの主張をしているわけではなく、研究中といった感じなのかなぁ。
(略)
別に私は玄人でもないけれど、この本は素人にはお勧め出来ない。