サンプル数について

エレニさんのコメント欄でなかなか興味深いやりとりがあった。
http://d.hatena.ne.jp/Ereni/20070124#p1
「いわし」さんのコメント

○ いわし 『脱力してください。そして自己投影することを休むことです。人は、絶対不理解な存在であることを考えてください。誰かを理解することは、あなたもボクもできないのです。どんなに力を入れてもです。不可能なことをすれば自己を傷つけてしまい、結局、誰かを傷つけるだけ。誰かが傷ついている限り答えは見つからないし解決もしません。人を傷つけるのは武器だけではありません。言葉は、武器以上に相手を傷つけることがあります。たぶん、エレニさんがエレニさん自身に優しさを言葉で示すことができれば、エレニさんの言葉を理解しようとおもう人たちが現れます。』

問題の、2ちゃんねるに引用されてた部分

@@@

麻原開祖やオウムというのは、日本最大の「心の鏡」なのかもしれない。
麻原開祖やオウムほど、非難される対象もないだろう。麻原開祖やオウムを
いくら非難しても、だれもとがめない。事件の実際の被害者の方は別として、
直接関係ない人達が、まるで自分は何の罪も犯したことのない正義の権化の
ような顔で、徹底的にオウムをたたく。しかも、インターネットなどを見て
いると、開祖やオウムへの批判の仕方やポイントが、皆、違っていておもし
ろい。
それは開祖やオウムがそれだけ多くの要素を有していたということでもあり、
皆のさまざまな悪業を写し出すだけの許容量を備えた鏡であるということも
できる。
そういう意味では、「オウムは日本の鏡」という言い方は正しいのかもしれ
ない。それは、日本の悪いところの集大成としてオウムが現われたという意味
ではない。日本人が遠慮なくいくらでも悪口を言える、逆に言えばそれを言う
者たち自身の心の汚れを十分に表現できる鏡だということである。

@@@

「自己投影」と「心の鏡」という言葉に、共通点が感じられませんか?
サンプル数が少ないとはいっても、徐々に集まってくるように思います。
残しておくべきじゃないですか?