【書評】ビジネス書のふりをしたコミュニケーション論「リンク格差社会」

良書だ。 梅田望夫の本とあわせて読むといいのじゃないかな。

著者については、前のエントリー参照

腰巻きの表は「グーグルやトヨタが勝ち組になった真の理由
裏には

リンクの連鎖が基本的に正のフィードバックの原理にしたがうため、リンクの量には極端な偏りが間違いなく発生する。情報のあるところに情報が集まり、注目の集まるところに注目が集まり、人気が人気を呼び、売れるものがますます売れる。少数の勝ち組と圧倒的多数の負け組の格差は歴然たるものになる。ところが「プロローグ」に書いたように、あまりにも歴然たる格差があるとき、負け組は負けていることに気づかない。周囲のほとんどが自分と同レベルだから、である。しかし、何か活動をおこなうときに、立場の違いに愕然とするだろう。重要なことは、そうした状況を認識したうえで、自分の立ち位置をどうするか、である。(本文より)

とある。


その立ち位置の話が最終章で論じられている。 ネットで、重要な役割を果たすのは、

  • 「コネクター(媒介者)」(クラスター間をつなぐ)
  • 「メイブン(通人)」(幅広いテーマについて多くの知識と情報を持つ)
  • 「セールスマン」(強い説得力を持ち、他者への感染力がある)
  • 「門番」(コミュニティーの出入り口で情報を制御する)
  • 「橋渡し役」(誰が何を知っているのかを外部に伝える)
  • 「調整役」(クラスター間のつながりを有効的につくりだす)

などで、状況によって各々の立ち位置を認識して行動するべきだ…


この部分だけ取り上げると、まるで「ネットワーク社会で勝ち組になるための戦術を伝授する本」みたいだ。 まぁ、確かにそうやって読むことも出来る、というか出版社側はそれを狙っているみたいだし、著者もその要望に応えてはいるのだけど。


この本は、実のところは、そういったビジネス指南書ではなくて、最近のネットワーク理論の解説と、過去を振り返りながら現状はどうなっているか探っている本として読まれるべきだと思う。


第3章 「ネットワークのメカニズム」では、「6次の隔たり」から始まって『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』『スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法』などの主要かつ基本的なネットワーク理論が、手際よく紹介されている。

いわゆるブーム便乗の「web2.0本」だと、どうもコンサルティング用語というかカタカナ用語や略語が頻出してウンザリすることが多いのだが、この本ではそういったこともなくスッと頭に入ってくる。


この本では「web2.0」という言葉は、ほとんど出てこない。 1980年代の「ニューメディア」あたりからネット事情を考察しているので、いまさら…という感じなのだろうな。
ここあたりの事情は、前著の「ネットワーク社会の深層構造」を読めば、いっそうよくわかると思う。 投稿雑誌、アマチュア無線ダイヤルQ2ポケットベル・深夜ラジオなどの文化が、パソコン通信やfjへつながっていった過程が懐かしく読めます。
以前に「流しの論客」という事を書いたけれど(参照)、この言葉はこの本のパソコン通信時代のバトル考察を参考にしてます。



イムリーな話題だなと思ったのが第2章「ネットワークのダイナミズム」のトヨタの話だ。
先日の新潟県中越沖地震で自動車部品工場が被災し、国内自動車産業が「大パニック」になったばかりなのだが、実は類似の事件は過去にもあり、その回復の過程が紹介されている。


1997年、アイシン精機火災事故で、そこに単社発注していた部品の供給がストップ。 在庫が2日分しかなく、工場の復旧までには数ヶ月を要すると報道され、「カンバン方式の弱点が露呈か?」 と思われたのだが、実際には10日後にはトヨタの生産量は通常レベルに戻っていた。

これはメーカーを頂点とする一次下請け、2次下請け、3次・4次というツリー構造の取引ネットワークだけではなく、主要1次・2次下請け間での「横」のネットワークが存在していたことが協力の連鎖を生んで、被害の回復が迅速に図られたからだった。


今回の新潟県中越沖地震の部品工場被災では、国内主要メーカーがこぞって工場再建支援に奔走して生産ラインの通常稼働に持っていったのだが、これは横のネットワークが機能したからだろう。 たとえ工場再建が遅れたとしても、案外と横のネットワークの協力態勢で、他の工場で代用部品を製造して、全体のライン停止期間を最小限にとどめることになったのではないか??
ここら辺の事情は、新聞報道のみでは、なかなか分からないところではある。



古くからネットに関わっている著者の視点で、数値や古典的ネットワーク論を踏まえ、インターネットのみではなく現代社会のいろいろを論じた本で、良書だと思う。



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追記

今回の新書の方が「ネットワーク社会の深層構造」という書名にふさわしい内容だなぁ。
では中公の方はといえば…「新ネットワーク時代の人間関係論」という感じかな?