話しかけられたようだ。

東芝クレーマー事件をネットでしか見なかった人物
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20070128


当時、よく参照してた論文


東芝クレーマー事件の問題の核心
1999年8月5日  亜細亜大学法学部助教授 町村泰貴
http://www.ilc.gr.jp/journal/990805_1.htm

事件の概要を知りたい人は、いまでもコレは必読だと思う。


全証言 東芝クレーマー事件―「謝罪させた男」「企業側」 (小学館文庫)
これは読んでる。 著者が、もう「事実の検証」を放棄して、お互いの主張をそのまま載せた(載せざるを得なかった)という本。


はてなキーワードとか、目立つところに、牧野二郎弁護士の声明が見あたらないのが、ちょっと不思議。 これも「歴史的文書」だと思う。(後述)


東芝に対し、節度ある行動をとることを求める。
1999年 7月16日 インターネット弁護士協議会 代表 牧野二郎
http://www.ilc.gr.jp/toshibavtr/video1.htm


2ちゃんねるが落ちたり、サーバー移転は東芝事件以外でも数回(?)有った。
2ちゃんねる掲示板」はサーバーに異様な負担をかけるので、なかなか移転先には苦労していたみたい。
それをなんとか持ちこたえて、維持し続けたひろゆき氏は凄い。


2ちゃんねるで隔離板が作られ、それが糞重くなったのは秋頃だったか、もう冬になっていたかなぁ? いつ頃廃止されたかは、もう記憶にない…


当時はteacup東芝問題掲示板が乱立(?)した。 
これからはHP+掲示板の時代になるかと思っていたなぁ。 (遠い目
HPにゲストブックと掲示板というスタイルが、いつしかblogの時代になってしまった。



東芝事件については、「裏で解決」という方法への不信感が強く残ったな。

東芝側がAkky氏のウェブページの一部差止を求める仮処分を申し立て、これに対してインターネット弁護士協議会代表の牧野二郎弁護士をはじめ多数の批判*8が寄せられたため、申立書がAkky氏に送達される前にあわてて取り下げるという一幕があった。


東芝クレーマー事件の問題の核心(町村泰貴)

私は、法廷で決着を付けるべきだと考えてた。
牧野氏の声明が大きなきっかけとなり、「真相」はうやむやのまま東芝副社長の謝罪ということになった。 
これで「公的」には、ひとまず一段落のはずだったが、実際にはAkky氏への批判は続き、東芝のクレーム処理も改善されたのか、よくわからないまま。


(Akky氏も、引き際を間違えた感があるけれどもなぁ。 彼は、支援者から煽られすぎたのだろうか?)


当事者双方に不満の残る決着だったろうし、ギャラリーの私にとっても不満の残る決着だった。
裁判ではなく「なあなあ」での決着の仲介(?)することになった、牧野二郎弁護士の声明は有害だったと思う。
もし、この事件で判例が作られていたら、その後のネットの歴史は、ちょっとは変わっていたのじゃないだろうか?


ちなみに、東芝事件に詳しいid:requiem7さんが、なぜ次のように書かれるのか、分からない。

ネットラジオYouTube、電話、または対面など、情報量の多い方策でさっさと言葉の定義や行き違いやわだかまりを水に流すべきでしょうと言ってるだけで、今はそれ以上の感情も持ち得ようも有りません。

id:eshekさんid:LondonBridgeさんへ
http://d.hatena.ne.jp/requiem7/20070128/1170302775

東芝とAkky氏は、情報量の多い電話で話し合おうとして、あんな事件に発展しました。
なぜ情報量の多寡で、問題が解決されるだろうと考えておられるのか、謎です。


私は、ことのは問題での二人の関係は「言葉の定義や行き違いやわだかまり」では無いと考えています。
何を水に流すのでしょうか?
二人だけで水に流したとしても、なにが解決されるのでしょうか?